第一

          
         萬葉集  


     


          真仮名マトリックス
      
    万葉集名所考 
      
    万葉集古義 本文画像 鹿持 雅澄 訓 
            - 国立国会図書館 デジタルライブラリー

 



            巻第一   雑 歌

            ひとまきにあたるまき  くさぐさのうた

 

 

泊瀬朝倉宮御宇天皇代 

一、天皇御製歌
篭毛與 美篭母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須兒 家吉閑名 告紗根 虚見津 山跡乃國者 押奈戸手 吾許曽居 師吉名倍手 吾己曽座 我許背齒 告目 家呼毛名雄母  
こもよ みこもち ふくしもよ みぶくしもち このをかに なつますこ いへのらせ なのらさね そらみつ やまとのくには おしなべて われこそをれ しきなべて われこそませ われこそば のらめ いへをもなをも   

 泊瀬(はつせ)の朝倉の宮に天(あめ)の下しろしめしし天皇(すめらみこと)の代(みよ)  
 天皇のみよみませる御製歌(おほみうた)  

籠もよ み籠持ち 堀串もよ み堀串持ち  この丘に 菜摘ます子 家告らせ 名のらさね  そらみつ 大和の国は おしなべて 吾こそ居れ  しきなべて 吾こそ座せ 吾をこそ 夫とは告らめ 家をも名をも 

 

 

 

高市岡本宮御宇天皇代  

天皇登香具山望國之時御製歌
山常庭 村山有等 取與呂布 天乃香具山 騰立 國見乎為者 國原波 煙立龍 海原波 加萬目立多都 怜A國曽 蜻嶋 八間跡能國者  
やまとには むらやまあれど とりよろふ あめのかぐやま のぼりたち くにみをすれば くにはらは けぶりたちたつ うなはらは かまめたちたつ うましくにぞ あきづしま やまとのくには  

 天皇の香具山に登りまして望国(くにみ)したまへる時にみよみませる御製歌(おほみうた)  
大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ  海原は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島 大和の国は



三、天皇遊猟内野之時中皇命使間人連老獻歌
八隅知之 我大王乃 朝庭 取撫賜 夕庭 伊縁立之 御執乃 梓弓之 奈加弭乃 音為奈利 朝猟尓 今立須良思 暮猟尓 今他田渚良之 御執能 梓弓之 奈加弭乃 音為奈里  
やすみしし わがおほきみの あしたには とりなでたまひ ゆふへには いよりたたしし みとらしの あづさのゆみの なかはずの おとすなり あさがりに いまたたすらし ゆふがりに いまたたすらし みとらしの あづさのゆみの なかはずの おとすなり 

 天皇の宇智の野(ぬ)に遊猟(みかり)したまへる時、中皇命(なかちひめみこ)の間人連老(はしひとのむらじおゆ)をして献らせたまふ歌
やすみしし 我が大王の 朝には 取り撫でたまひ  夕へには い倚り立たしし み執らしの 梓の弓の  鳴弭の 音すなり 朝猟に 今立たすらし  夕猟に 今立たすらし み執らしの 梓の弓の 鳴弭の音すなり



四、反歌
玉尅春 内乃大野尓 馬數而 朝布麻須等六 其草深野 
たまきはる うちのおほのに うまなめて あさふますらむ そのくさふかの 

 反(かへ)し歌
玉きはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野




五、幸讃岐國安益郡之時軍王見山作歌
霞立 長春日乃 晩家流 和豆肝之良受 村肝乃 心乎痛見 奴要子鳥 卜歎居者 珠手次 懸乃宜久 遠神 吾大王乃 行幸能 山越風乃 獨座 吾衣手尓 朝夕尓 還比奴礼婆 大夫登 念有我母 草枕 客尓之有者 思遣 鶴寸乎白土 網能浦之 海處女等之 焼塩乃 念曽所焼 吾下情 
かすみたつ ながきはるひの くれにける わづきもしらず むらきもの  こころをいたみ ぬえこどり うらなけをれば たまたすき かけのよろしく とほつかみ わがおほきみの いでましの やまこすかぜの ひとりをる わがころもでに あさよひに かへらひぬれば ますらをと おもへるわれも くさまくら たびにしあれば おもひやる たづきをしらに あみのうらの あまをとめらが やくしほの おもひぞやくる わがしたごころ 

 讃岐国安益郡(あやのこほり)に幸(いでま)せる時、軍王(いくさのおほきみ)の山を見てよみたまへる歌

霞立つ 長き春日の 暮れにける 別きも知らず  むらきもの 心を痛み 鵺子鳥 うら嘆げ居れば  玉たすき 懸けのよろしく 遠つ神 我が大王の  行幸の 山越しの風の 独り居る 吾が衣手に  朝宵に 還らひぬれば 大夫(ますらを)と 思へる我も 草枕 旅にしあれば  思ひ遣る たづきを知らに  綱の浦の 海人処女(あまをとめ)らが 焼く塩の 思ひぞ焼くる 吾(あ)が下情




六、反歌
山越乃 風乎時自見 寐夜不落 家在妹乎 懸而小竹櫃
やまごしの かぜをときじみ ぬるよおちず いへなるいもを かけてしのひつ

反(かへ)し歌
山越しの風を時じみ寝る夜おちず家なる妹を懸けて偲ひつ

右、日本書紀ヲ検(カムガ)フルニ、讃岐国ニ幸スコト無シ。亦軍王ハ詳(ツマビ)ラカナラズ。但シ山上憶良大夫ガ類聚歌林ニ曰ク、紀ニ曰ク、天皇十一年己亥冬十二月己巳朔壬午、伊豫ノ温湯ノ宮ニ幸セリト云ヘリ。一書ニ云ク、是ノ時宮ノ前ニ二ノ樹木在リ。此ノ二ノ樹ニ斑鳩(イカルガ)比米(シメ)二ノ鳥、大ニ集マレリ。時ニ勅(ミコトノリ)シテ多ク稲穂ヲ掛ケテ之ヲ養ヒタマフ。乃チ作メル歌ト云ヘリ。若疑(ケダシ)此便ヨリ幸セルカ。

 

 


明日香川原宮御宇天皇代

七、額田王歌
金野乃 美草苅葺 屋杼礼里之 兎道乃宮子能 借五百礒所念
あきののの みくさかりふき やどれりし うぢのみやこの かりいほしおもほゆ

 明日香の川原の宮に天の下しろしめしし天皇の代  
 額田王の歌  天豊財重日足姫天皇
秋の野のみ草苅り葺き宿れりし宇治の宮処の仮廬し思ほゆ

右、山上憶良大夫ガ類聚歌林ヲ検(カムガ)フルニ曰ク、書ニ曰ク、戊申ノ年比良ノ宮ニ幸ス大御歌ナリ。但シ紀ニ曰ク、五年春正月己卯ノ朔ノ辛巳、天皇、紀ノ温湯ヨリ至リマス。三月戊寅ノ朔、天皇吉野ノ宮ニ幸シテ肆宴ス。庚辰、天皇近江ノ平浦ニ幸ス。





 
後岡本宮御宇天皇代

八、額田王歌
熟田津尓 船乗世武登 月待者 潮毛可奈比沼 今者許藝乞菜
にぎたつに ふなのりせむと つきまてば しほもかなひぬ いまはこぎいでな

 後の崗本の宮に天の下しろしめしし天皇の代 
 額田王の歌
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな

 右、山上憶良大夫ガ類聚歌林ヲ検フルニ曰ク、飛鳥ノ岡本宮ニ御宇シシ天皇元年己丑、九年丁酉十二月己巳ノ朔ノ壬午、天皇太后、伊豫ノ湯ノ宮ニ幸ス。後ノ岡本宮ニ馭宇シシ天皇七年辛酉ノ春正月丁酉ノ朔ノ壬寅、御船西ニ征キテ、始メテ海路ニ就ク。庚戌、御船伊豫ノ熟田津ノ石湯行宮ニ泊ツ。天皇、昔日ヨリ猶存レル物ヲ御覧シ、当時忽チ感愛ノ情ヲ起シタマヒキ。所以因(ソヱニ)歌詠ヲ製マシテ為ニ哀傷シミタマフ。即チ此ノ歌ハ天皇ノ御製ナリ。但額田王ノ歌ハ、別(コト)ニ四首有リ。






幸于紀温泉之時額田王作歌
莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣 吾瀬子之 射立為兼 五可新何本

みもろのやま みつつゆけ わがせこが いたたせりけむ いつかしがもと

 紀の温泉(ゆ)に幸せる時、額田王のよみたまへる歌
三諸(みもろ)の山見つつゆけ我が背子がい立たしけむ厳橿(いつかし)が本


一〇、中皇命徃于紀温泉之時御歌
君之齒母 吾代毛所知哉 磐代乃 岡之草根乎 去来結手名
きみがよも わがよもしるや いはしろの をかのくさねを いざむすびてな

 中皇命の紀の温泉に徃(いま)せる時の御歌
君が代も我が代も知らむ磐代(いはしろ)の岡の草根をいざ結びてな


一一、中皇命徃于紀温泉之時御歌
吾勢子波 借廬作良須 草無者 小松下乃 草乎苅核
わがせこは かりほつくらす かやなくは こまつがしたの かやをからさね

我が背子は仮廬作らす草(かや)無くば小松が下(もと)の草(かや)を苅らさね


一二、(中皇命徃于紀温泉之時御歌)
吾欲之 野嶋波見世追 底深伎 阿胡根能浦乃 珠曽不拾 
わがほりし のしまはみせつ そこふかき あごねのうらの たまぞひりはぬ 

吾(あ)が欲りし野島(こしま)は見しを底深き阿胡根(あこね)の浦の玉ぞ拾(ひり)はぬ

右、山上憶良大夫ガ類聚歌林ヲ検(カムガ)フルニ曰ク、天皇ノ御製歌ト云ヘリ。



一三、中大兄 三山歌
高山波 雲根火雄男志等 耳梨與 相諍競伎 神代従 如此尓有良之 古昔母 然尓有許曽 虚蝉毛 嬬乎 相挌良思吉
かぐやまは うねびををしと みみなしと あひあらそひき かむよより かくにあるらし いにしへも しかにあれこそ うつせみも つまを あらそふらしき

 中大兄(なかちおほえ)の三山(みつやま)の御歌
香具山は 畝傍(うねび)を善(え)しと 耳成(みみなし)と 相争ひき  神代より かくなるらし 古昔(いにしへ)も しかなれこそ  現身(うつせみ)も 嬬(つま)を 争ふらしき


一四、反歌
高山与 耳梨山与 相之時 立見尓来之 伊奈美國波良
かぐやまと みみなしやまと あひしとき たちてみにこし いなみくにはら

 反(かへ)し歌
香具山と耳成山と戦(あ)ひし時立ちて見に来(こ)し印南(いなみ)国原


一五、((中大兄 三山歌)反歌)
渡津海乃 豊旗雲尓 伊理比紗之 今夜乃月夜 清明己曽
わたつみの とよはたくもに いりひさし こよひのつくよ さやけくありこそ

綿津見の豊旗雲に入日さし今宵の月夜(つくよ)さやけくありこそ
 右ノ一首ノ歌、今案(カムガ)フルニ反歌ニ似ズ。但シ旧本此ノ歌ヲ以テ反歌ニ載セタリ。故レ今猶此ノ次ニ載ス。亦紀ニ曰ク、天豊財重日足姫天皇ノ先ノ四年乙巳、天皇ヲ立テテ皇太子ト為ス。



近江大津宮御宇天皇代

一六、天皇詔内大臣藤原朝臣競憐春山萬花之艶秋山千葉之彩時額田王以歌判之歌
冬木成 春去来者 不喧有之 鳥毛来鳴奴 不開有之 花毛佐家礼抒 山乎茂 入而毛不取 草深 執手母不見 秋山乃 木葉乎見而者 黄葉乎婆 取而曽思努布 青乎者 置而曽歎久 曽許之恨之 秋山吾者

ふゆこもり はるさりくれば なかずありし とりもきなきぬ さかずありし はなもさけれど やまをしみ いりてもとらず くさふかみ とりてもみず あきやまの このはをみては もみちをば とりてぞしのふ あをきをば おきてぞなげく そこしうらめし あきやまわれは

 天皇の内大臣(うちのおほまへつきみ)藤原朝臣に詔(みことのり)して、春山の万花(はな)の艶(いろ)、秋山の千葉(もみち)の彩(にほひ)を競憐(あらそ)はしめたまふ時、額田王の歌を以(もち)て判(ことは)りたまへるその歌
冬こもり 春さり来れば 鳴かざりし 鳥も来鳴きぬ  咲かざりし 花も咲けれど 山を茂(し)み 入りても聴かず  草深み 取りても見ず 秋山の 木の葉を見ては  黄葉(もみ)つをば 取りてそ偲(しぬ)ふ 青きをば 置きてそ嘆く そこし怜(たぬ)し 秋山吾(あれ)は




一七、額田王下近江國時作歌井戸王即和歌
味酒 三輪乃山 青丹吉 奈良能山乃 山際 伊隠萬代 道隈 伊積流萬代尓 委曲毛 見管行武雄 數々毛 見放武八萬雄 情無 雲乃 隠障倍之也
うまさけ みわのやま あをによし ならのやまの やまのまに いかくるまで みちのくま いつもるまでに つばらにも みつつゆかむを しばしばも みさけむやまを こころなく くもの かくさふべしや

額田王の近江国に下りたまへる時よみたまへる歌
味酒(うまさけ) 三輪の山 青丹(あをに)よし 奈良の山の  山の際(ま)ゆ い隠るまて 道の隈(くま) い積もるまてに  つばらかに 見つつ行かむを しばしばも 見放(さ)かむ山を  心なく 雲の 隠さふべしや




一八、反歌
三輪山乎 然毛隠賀 雲谷裳 情有南畝 可苦佐布倍思哉
みわやまを しかもかくすか くもだにも こころあらなも かくさふべしや

 反し歌
三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなむ隠さふべしや

右ノ二首ノ歌、山上憶良大夫ガ類聚歌林ニ曰ク、近江国ニ都ヲ遷ス時、三輪山ヲ御覧シテ御歌ヨミマセリ。日本書紀ニ曰ク、六年丙寅春三月辛酉朔己卯、近江ニ都ヲ遷ス。





一九、額田王下近江國時作歌井戸王即和歌、反歌、
綜麻形乃 林始乃 狭野榛能 衣尓著成 目尓都久和我勢
へそかたの はやしのさきの さのはりの きぬにつくなす めにつくわがせ

 井戸王(ゐとのおほきみ)の即ち和(こた)へたまへる歌
綜麻形(へそがた)の林の岬(さき)のさ野榛(ぬはり)の衣に付くなす目につく我が夫(せ)


 右ノ一首ノ歌、今按フニ和スル歌ニ似ズ。但シ旧本此ノ次ニ載セタリ。故レ以テ猶載ス。

 


二〇、天皇遊猟蒲生野時額田王作歌
茜草指 武良前野逝 標野行 野守者不見哉 君之袖布流
あかねさす むらさきのゆき しめのゆき のもりはみずや きみがそでふる

 天皇の蒲生野(かまふぬ)に遊猟(みかり)したまへる時、額田王のよみたまへる歌
茜さす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖ふる

 

 


二一、皇太子答御歌 明日香宮御宇天皇謚曰
紫草能 尓保敝類妹乎 尓苦久有者 人嬬故尓 吾戀目八方
むらさきの にほへるいもを にくくあらば ひとづまゆゑに われこひめやも

 皇太子(ひつぎのみこ)の答へたまへる御歌 明日香宮ニ御宇シシ天皇
紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾(あれ)恋ひめやも

 紀ニ曰ク、天皇七年丁卯夏五月五日、蒲生野ニ縦猟シタマフ。時ニ大皇弟諸王内臣及ビ群臣皆悉ク従ヘリ。

 

 

明日香清御原宮天皇代


二二、十市皇女 参赴於伊勢神宮時見波多横山巌吹B刀自作歌
河上乃 湯津盤村二 草武左受 常丹毛冀名 常處女煮手

かはのへの ゆついはむらに くさむさず つねにもがもな とこをとめにて

 

明日香の清御原(きよみはら)の宮に天の下しろしめしし天皇の代
 十市皇女(とほちのひめみこ)の伊勢の神宮(おほみがみのみや)に参赴(まゐで)たまへる時、波多の横山の巌(いはほ)を見て、吹黄刀自(ふきのとじ)がよめる歌
河の上(へ)のゆつ磐群に草むさず常にもがもな常処女(とこをとめ)にて


 吹黄刀自ハ詳ラカナラズ。但シ紀ニ曰ク、天皇四年乙亥春二月乙亥朔丁亥、十市皇女、阿閇皇女、伊勢神宮ニ参赴タマヘリ。


 


二三、麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時人哀傷作歌
打麻乎 麻續王 白水郎有哉 射等篭荷四間乃 珠藻苅麻須
うちそを をみのおほきみ あまなれや いらごのしまの たまもかります

 麻續王(をみのおほきみ)の伊勢国伊良虞(いらご)の島に流(はなた)へたまひし時、時(よ)の人の哀傷(かなし)みよめる歌
打麻(うつそ)を麻續の王海人なれや伊良虞が島の玉藻苅ります

 


二四、麻續王流於伊勢國伊良虞嶋之時人哀傷作歌、麻續王聞之感傷和歌
空蝉之 命乎惜美 浪尓所濕 伊良虞能嶋之 玉藻苅食
うつせみの いのちををしみ なみにぬれ いらごのしまの たまもかりはむ

 麻續王のこの歌を聞かして感傷(かなし)み和へたまへる歌
うつせみの命を惜しみ波に湿(ひ)で伊良虞の島の玉藻苅り食(は)む
 右、日本紀ヲ案フルニ曰ク、天皇四年乙亥夏四月戊戌ノ朔乙卯、三品麻續王、罪有リテ因幡ニ流サレタマフ。一子ハ伊豆ノ島ニ流サレタマフ。一子ハ血鹿ノ島ニ流サレタマフ。是ニ伊勢国伊良虞ノ島ニ配スト云フハ、若疑後ノ人歌辞ニ縁リテ誤記セルカ。

 



二五、天皇御製歌
三吉野之 耳我嶺尓 時無曽 雪者落家留 間無曽 雨者零計類 其雪乃 時無如 其雨乃 間無如 隈毛不落 念乍叙来 其山道乎
みよしのの みみがのみねに ときなくぞ ゆきはふりける まなくぞ あめはふりける そのゆきの ときなきがごと そのあめの まなきがごと くまもおちず おもひつつぞこし そのやまみちを

  天皇のみよみませる御製歌(おほみうた)
み吉野の 耳我(みかね)の嶺(たけ)に 時なくそ 雪は降りける  間(ま)無くそ 雨は降りける その雪の 時なきがごと  その雨の 間なきがごと 隈(くま)もおちず 思ひつつぞ来る その山道を

 


二六、天皇御製歌、或本歌
三芳野之 耳我山尓 時自久曽 雪者落等言 無間曽 雨者落等言 其雪 不時如 其雨 無間如 隈毛不堕 思乍叙来 其山道乎
みよしのの みみがのやまに ときじくぞ ゆきはふるといふ まなくぞ あめはふるといふ そのゆきの ときじきがごと そのあめの まなきがごと くまもおちず おもひつつぞくる そのやまみちを

 或ル本(マキ)ノ歌、
み吉野の 耳我の山に 時じくそ 雪は降るちふ  間なくそ 雨は降るちふ その雪の 時じくがごと  その雨の 間なきがごと 隈もおちず 思ひつつぞ来る その山道を

右、句々相換レリ。此ニ因テ重テ載タリ。

 


二七、天皇幸于吉野宮時御製歌
淑人乃 良跡吉見而 好常言師 芳野吉見与 良人四来三
よきひとの よしとよくみて よしといひし よしのよくみよ よきひとよくみ

天皇の吉野の宮に幸せる時にみよみませる御製歌(おほみうた)
淑き人の良しと吉く見て好しと言ひし芳野吉く見よ良き人よく見


 紀ニ曰ク、八年己卯五月庚辰朔甲申、吉野宮ニ幸ス。

 


 藤原宮御宇天皇代


二八、天皇御製歌
春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香来山
はるすぎて なつきたるらし しろたへの ころもほしたり あめのかぐやま

 藤原の宮に天の下しろしめしし天皇の代  
 天皇のみよみませる御製歌
春過ぎて夏来るらし白布(しろたへ)の衣乾したり天の香具山

 


二九、過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌
玉手次 畝火之山乃 橿原乃 日知之御世従 [或云 自宮] 阿礼座師 神之盡 樛木乃 弥継嗣尓 天下 所知食之乎 [或云 食来] 天尓満 倭乎置而 青丹吉 平山乎超 [或云 虚見 倭乎置 青丹吉 平山越而] 何方 御念食可 [或云 所念計米可] 天離 夷者雖有 石走 淡海國乃 樂浪乃 大津宮尓 天下 所知食兼 天皇之 神之御言能 大宮者 此間等雖聞 大殿者 此間等雖云 春草之 茂生有 霞立 春日之霧流 [或云 霞立 春日香霧流 夏草香 繁成奴留] 百礒城之 大宮處 見者悲毛 [或云 見者左夫思毛]
たまたすき うねびのやまの かしはらの ひじりのみよゆ [みやゆ] あれましし かみのことごと つがのきの いやつぎつぎに あめのした しらしめししを [めしける] そらにみつ やまとをおきて あをによし ならやまをこえ [そらみつ やまとをおき あをによし ならやまこえて] いかさまに おもほしめせか [おもほしけめか] あまざかる ひなにはあれど いはばしる あふみのくにの ささなみの おほつのみやに あめのした しらしめしけむ すめろきの かみのみことの おほみやは ここときけども おほとのは ここといへども はるくさの しげくおひたる かすみたつ はるひのきれる [かすみたつ はるひかきれる なつくさか しげくなりぬる] ももしきの おほみやところ みればかなしも [みればさぶしも]

 近江の荒れたる都を過(ゆ)く時、柿本朝臣人麿がよめる歌
玉たすき 畝傍(うねび)の山の 橿原の ひしりの御代よ  生(あ)れましし 神のことごと 樛(つが)の木の いや継ぎ嗣ぎに  天の下 知ろしめししを そらみつ 大和を置きて  青丹よし 奈良山越えて いかさまに 思ほしけめか  天離(あまざか)る 夷(ひな)にはあらねど* 石走(いはばし)る 淡海(あふみ)の国の  楽浪(ささなみ)の 大津の宮に 天の下 知ろしめしけむ  天皇(すめろぎ)の 神の命(みこと)の 大宮は ここと聞けども  大殿は ここと言へども 霞立つ 春日か霧(き)れる  夏草か 繁くなりぬる ももしきの 大宮処(おほみやどころ) 見れば悲しも

 


三〇、過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌、反歌
樂浪之 思賀乃辛碕 雖幸有 大宮人之 船麻知兼津
ささなみの しがのからさき さきくあれど おほみやひとの ふねまちかねつ

反し歌
楽浪の志賀の辛崎(からさき)幸(さき)くあれど大宮人(ひと)の船待ちかねつ

 


三一、過近江荒都時柿本朝臣人麻呂作歌、反歌、
左散難弥乃 志我能  大和太 與杼六友 昔人二 亦母相目八毛 
ささなみの しがの  おほわだ よどむとも むかしのひとに またもあはめやも 

楽浪の志賀の大曲(おほわだ)淀むとも昔の人にまたも逢はめやも

 


三二、高市古人感傷近江舊堵作歌 [或書云高市連黒人]
古 人尓和礼有哉 樂浪乃 故京乎 見者悲寸
いにしへの ひとにわれあれや ささなみの ふるきみやこを みればかなしき

 たけちのむらじくろひと)が近江の堵(みやこ)の旧(あ)れたるを感傷しみよめる歌
古の人に我あれや楽浪の古き都を見れば悲しき

 


三三、高市古人感傷近江舊堵作歌 [或書云高市連黒人]、
樂浪乃 國都美神乃 浦佐備而 荒有京 見者悲毛
ささなみの くにつみかみの うらさびて あれたるみやこ みればかなしも

楽浪の国つ御神のうらさびて荒れたる都見れば悲しも

 


三四、幸于紀伊國時川嶋皇子御作歌 [或云山上臣憶良作]
白浪乃 濱松之枝乃 手向草 幾代左右二賀 年乃經去良武 [一云 年者經尓計武]
しらなみの はままつがえの たむけくさ いくよまでにか としのへぬらむ [としはへにけむ]

紀伊国に幸せる時、川島皇子のよみませる歌(みうた) 或ルヒト云ク、山上臣憶良ガ作
白波の浜松が枝の手向(たむけ)ぐさ幾代までにか年の経ぬらむ

日本紀ニ曰ク、朱鳥四年庚寅秋九月、天皇紀伊国ニ幸ス。

 


三五、越勢能山時阿閇皇女御作歌
此也是能 倭尓四手者 我戀流 木路尓有云 名二負勢能山
これやこの やまとにしては あがこふる きぢにありといふ なにおふせのやま

 勢(せ)の山を越えたまふ時、阿閇皇女(あべのひめみこ)のよみませる御歌
これやこの大和にしては我(あ)が恋ふる紀路にありちふ名に負ふ勢の山


 


三六、幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌
八隅知之 吾大王之 所聞食 天下尓 國者思毛 澤二雖有 山川之 清河内跡 御心乎 吉野乃國之 花散相 秋津乃野邊尓 宮柱 太敷座波 百礒城乃 大宮人者 船並弖 旦川渡 舟競 夕河渡 此川乃 絶事奈久 此山乃 弥高思良珠 水激 瀧之宮子波 見礼跡不飽可問
やすみしし わがおほきみの きこしめす あめのしたに くにはしも さはにあれども やまかはの きよきかふちと みこころを よしののくにの はなぢらふ あきづののへに みやばしら ふとしきませば ももしきの おほみやひとは ふねなめて あさかはわたる ふなぎほひ ゆふかはわたる このかはの たゆることなく このやまの いやたかしらす みづはしる たきのみやこは みれどあかぬかも

 吉野の宮に幸せる時、柿本朝臣人麿がよめる歌
やすみしし 我が大王(おほきみ)の きこしをす 天の下に  国はしも 多(さは)にあれども 山川の 清き河内(かふち)と  御心を 吉野の国の 花散らふ 秋津の野辺に  宮柱 太敷き座(ま)せば ももしきの 大宮人は  船並(な)めて 朝川渡り 舟競(ふなきほ)ひ 夕川渡る  この川の 絶ゆることなく この山の いや高からし  落ち激(たぎ)つ 滝の宮処(みやこ)は 見れど飽かぬかも




三七、幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌、反歌
雖見飽奴 吉野乃河之 常滑乃 絶事無久 復還見牟
みれどあかぬ よしののかはの とこなめの たゆることなく またかへりみむ

 反し歌
見れど飽かぬ吉野の川の常滑(とこなめ)の絶ゆることなくまた還り見む

 


三八、幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌、
安見知之 吾大王 神長柄 神佐備世須登 芳野川 多藝津河内尓 高殿乎 高知座而 上立 國見乎為勢婆 疊有 青垣山 々神乃 奉御調等 春部 花挿頭持 秋立者 黄葉頭刺理 [一云 黄葉加射之] 逝副 川之神母 大御食尓 仕奉等 上瀬尓 鵜川乎立 下瀬尓 小網刺渡 山川母 依弖奉流 神乃御代鴨
やすみしし わがおほきみ かむながら かむさびせすと よしのかは たぎつかふちに たかとのを たかしりまして のぼりたち くにみをせせば たたなはる あをかきやま やまつみの まつるみつきと はるへは はなかざしもち あきたてば もみちかざせり [もみちばかざし] ゆきそふ かはのかみも おほみけに つかへまつると かみつせに うかはをたち しもつせに さでさしわたす やまかはも よりてつかふる かみのみよかも

やすみしし 我が大王(おほきみ) 神(かむ)ながら 神さびせすと  吉野川 たぎつ河内に 高殿を 高知り座(ま)して  登り立ち 国見をすれば 畳(たた)な著(づ)く 青垣山  山神(やまつみ)の 奉(まつ)る御調(みつき)と  春へは 花かざし持ち 秋立てば もみち葉(ば)かざし  ゆふ川の 神も* 大御食(おほみけ)に 仕へ奉(まつ)ると  上(かみ)つ瀬に 鵜川を立て 下(しも)つ瀬に 小網(さで)さし渡し  山川も 依りて仕(つか)ふる 神の御代(みよ)かも

 


三九、幸于吉野宮之時柿本朝臣人麻呂作歌、反歌
山川毛 因而奉流 神長柄 多藝津河内尓 船出為加母
やまかはも よりてつかふる かむながら たぎつかふちに ふなでせすかも

反し歌
山川も依りて仕ふる神ながらたぎつ河内に船出せすかも

右、日本紀ニ曰ク、三年己丑正月、天皇吉野宮ニ幸ス。八月、吉野宮ニ幸ス。四年庚寅二月、吉野宮ニ幸ス。五月、吉野宮ニ幸ス。五年辛卯正月、吉野宮ニ幸ス。四月、吉野宮ニ幸セリトイヘリ。何月ノ従駕ニテ作ル歌ナルコトヲ詳ラカニ知ラズ。

 

 


四〇、幸于伊勢國時留京柿本朝臣人麻呂作歌
鳴呼見乃浦尓 船乗為良武 D嬬等之 珠裳乃須十二 四寳三都良武香
のうらに ふなのりすらむ をとめらが たまものすそに しほみつらむか

伊勢国に幸せる時の歌
あご)の浦に船(ふな)乗りすらむ乙女らが珠裳の裾に潮満つらむか

 


四一、幸于伊勢國時留京柿本朝臣人麻呂作歌、
釼著 手節乃埼二 今日毛可母 大宮人之 玉藻苅良武
くしろつく たふしのさきに けふもかも おほみやひとの たまもかるらむ


釵(くしろ)纏(ま)く答志(たふし)の崎に今もかも大宮人の玉藻苅るらむ

 


四二、幸于伊勢國時留京柿本朝臣人麻呂作歌、
潮左為二 五十等兒乃嶋邊 榜船荷 妹乗良六鹿 荒嶋廻乎
しほさゐに いらごのしまへ こぐふねに いものるらむか あらきしまみを

潮騒に伊良虞の島辺(へ)榜ぐ船に妹乗るらむか荒き島廻(しまみ)を
  右の三首(みうた)は、柿本朝臣人麿が京(みやこ)に留りてよめる。

 


四三、幸于伊勢國時、當麻真人麻呂妻作歌
吾勢枯波 何所行良武 己津物 隠乃山乎 今日香越等六
わがせこは いづくゆくらむ おきつもの なばりのやまを けふかこゆらむ

我が背子はいづく行くらむ沖つ藻の隠(なばり)の山を今日か越ゆらむ

右の一首(ひとうた)は、當麻真人麻呂(たぎまのまひとまろ)が妻(め)。


四四、幸于伊勢國時、石上大臣従駕作歌
吾妹子乎 去来見乃山乎 高三香裳 日本能不所見 國遠見可聞
わぎもこを いざみのやまを たかみかも やまとのみえぬ くにとほみかも

わぎもこ)をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも
  
右の一首は、石上(いそのかみ)の大臣(おほまへつきみ)の従駕(おほみとも)つかへまつりてよめる。
 右、日本紀ニ曰ク、朱鳥六年壬辰春三月丙寅ノ朔戊辰、浄広肆廣瀬王等ヲ以テ、留守官ト為ス。是ニ中納言三輪朝臣高市麻呂、其ノ冠位(カガフリ)ヲ脱キテ、朝ニササゲテ、重ネテ諌メテ曰ク、農作(ナリハヒ)ノ前、車駕以テ動スベカラズ。辛未、天皇諌ニ従ハズシテ、遂ニ伊勢ニ幸シタマフ。五月乙丑朔庚午、阿胡行宮ニ御ス。

 


四五、軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌
八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 神長柄 神佐備世須等 太敷為 京乎置而 隠口乃 泊瀬山者 真木立 荒山道乎 石根 禁樹押靡 坂鳥乃 朝越座而 玉限 夕去来者 三雪落 阿騎乃大野尓 旗須為寸 四能乎押靡 草枕 多日夜取世須 古昔念而
やすみしし わがおほきみ たかてらす ひのみこ かむながら かむさびせすと ふとしかす みやこをおきて こもりくの はつせのやまは まきたつ あらきやまぢを いはがね さへきおしなべ さかとりの あさこえまして たまかぎる ゆふさりくれば みゆきふる あきのおほのに はたすすき しのをおしなべ くさまくら たびやどりせす いにしへおもひて

 輕皇子の安騎(あき)の野に宿りませる時、柿本朝臣人麿がよめる歌
やすみしし 我が大王(おほきみ) 高ひかる 日の皇子(みこ)  神(かむ)ながら 神さびせすと 太敷かす 都を置きて  隠国(こもりく)の 泊瀬の山は 真木立つ 荒山道を  石(いは)が根 楚樹(しもと)押しなべ 坂鳥の 朝越えまして  玉蜻(かぎろひ)の* 夕さり来れば み雪降る 安騎の大野に  旗すすき しぬに押しなべ 草枕 旅宿りせす いにしへ思ほして

 


四六、軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌、短歌
阿騎乃野尓 宿旅人 打靡 寐毛宿良目八方 古部念尓
あきののに やどるたびひと うちなびき いもぬらめやも いにしへおもふに

安騎の野に宿る旅人うち靡き寐も寝らめやもいにしへ思ふに

 


四七、軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌、短歌、
真草苅 荒野者雖有 葉 過去君之 形見跡曽来師
まくさかる あらのにはあれど もみちばの すぎにしきみが かたみとぞこし

ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君が形見とぞ来し

 


四八、軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌、短歌、
東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡
ひむがしの のにかぎろひの たつみえて かへりみすれば つきかたぶきぬ

東の野にかぎろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ

 


四九、軽皇子宿于安騎野時柿本朝臣人麻呂作歌、短歌、
日雙斯 皇子命乃 馬副而 御猟立師斯 時者来向
ひなみしの みこのみことの うまなめて みかりたたしし ときはきむかふ

日並の皇子の命の馬並めてみ狩り立たしし時は来向ふ

 


五〇、藤原宮之役民作歌
八隅知之 吾大王 高照 日乃皇子 荒妙乃 藤原我宇倍尓 食國乎 賣之賜牟登 都宮者 高所知武等 神長柄 所念奈戸二 天地毛 縁而有許曽 磐走 淡海乃國之 衣手能 田上山之 真木佐苦 桧乃嬬手乎 物乃布能 八十氏河尓 玉藻成 浮倍流礼 其乎取登 散和久御民毛 家忘 身毛多奈不知 鴨自物 水尓浮居而 吾作 日之御門尓 不知國 依巨勢道従 我國者 常世尓成牟 圖負留 神龜毛 新代登 泉乃河尓 持越流 真木乃都麻手乎 百不足 五十日太尓作 泝須良牟 伊蘇波久見者 神随尓有之
やすみしし わがおほきみ たかてらす ひのみこ あらたへの ふぢはらがうへに をすくにを めしたまはむと みあらかは たかしらさむと かむながら おもほすなへに あめつちも よりてあれこそ いはばしる あふみのくにの ころもでの たなかみやまの まきさく ひのつまでを もののふの やそうぢがはに たまもなす うかべながせれ そをとると さわくみたみも いへわすれ みもたなしらず かもじもの みづにうきゐて わがつくる ひのみかどに しらぬくに よしこせぢより わがくには とこよにならむ あやおへる くすしきかめも あらたよと いづみのかはに もちこせる まきのつまでを ももたらず いかだにつくり のぼすらむ いそはくみれば かむながらにあらし

やすみしし 我が大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤原が上に 食す
国を 見したまはむと みあらかは 高知らさむと 神ながら 思ほすな
へに 天地も 寄りてあれこそ 石走る 近江の国の 衣手の 田上山の
 真木さく 桧のつまでを もののふの 八十宇治川に 玉藻なす 浮か
べ流せれ 其を取ると 騒く御民も 家忘れ 身もたな知らず 鴨じもの
 水に浮き居て 我が作る 日の御門に 知らぬ国 寄し巨勢道より 我
が国は 常世にならむ 図負へる くすしき亀も 新代と 泉の川に 持
ち越せる 真木のつまでを 百足らず 筏に作り 泝すらむ いそはく見
れば 神ながらにあらし


五一、従明日香宮遷居藤原宮之後志貴皇子御作歌
F女乃 袖吹反 明日香風 京都乎遠見 無用尓布久
うねめの そでふきかへす あすかかぜ みやこをとほみ いたづらにふく

采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く

 


五二、藤原宮御井歌
萬葉集 巻第一9
八隅知之 和期大王 高照 日之皇子 麁妙乃 藤井我原尓 大御門 始賜而 埴安乃 堤上尓 在立之 見之賜者 日本乃 青香具山者 日經乃 大御門尓 春山跡 之美佐備立有 畝火乃 此美豆山者 日緯能 大御門尓 弥豆山跡 山佐備伊座 耳為之 青菅山者 背友乃 大御門尓 宣名倍 神佐備立有 名細 吉野乃山者 影友乃 大御門従 雲居尓曽 遠久有家留 高知也 天之御蔭 天知也 日之御影乃 水許曽婆 常尓有米 御井之清水
やすみしし わごおほきみ たかてらす ひのみこ あらたへの ふぢゐがはらに おほみかど はじめたまひて はにやすの つつみのうへに ありたたし めしたまへば やまとの あをかぐやまは ひのたての おほみかどに はるやまと しみさびたてり うねびの このみづやまは ひのよこの おほみかどに みづやまと やまさびいます みみなしの あをすがやまは そともの おほみかどに よろしなへ かむさびたてり なぐはし よしののやまは かげともの おほみかどゆ くもゐにぞ とほくありける たかしるや あめのみかげ あめしるや ひのみかげの みづこそば とこしへにあらめ みゐのましみづ

やすみしし 我ご大君 高照らす 日の皇子 荒栲の 藤井が原に 大御
門 始めたまひて 埴安の 堤の上に あり立たし 見したまへば 大和
の 青香具山は 日の経の 大御門に 春山と 茂みさび立てり 畝傍の
 この瑞山は 日の緯の 大御門に 瑞山と 山さびいます 耳成の 青
菅山は 背面の 大御門に よろしなへ 神さび立てり 名ぐはし 吉野
の山は かげともの 大御門ゆ 雲居にぞ 遠くありける 高知るや 天
の御蔭 天知るや 日の御蔭の 水こそば とこしへにあらめ 御井のま
清水



五三、藤原宮御井歌、短歌
藤原之 大宮都加倍 安礼衝哉 處女之友者 乏吉呂賀聞
ふぢはらの おほみやつかへ あれつくや をとめがともは ともしきろかも

藤原の大宮仕へ生れ付くや娘子がともは羨しきろかも


巨勢山乃 列々椿 都良々々尓 見乍思奈 許湍乃春野乎

こせやまの つらつらつばき つらつらに みつつしのはな こせのはるのを

巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を

 


五四、大寶元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀伊國時歌、
朝毛吉 木人乏母 亦打山 行来跡見良武 樹人友師母
あさもよし きひとともしも まつちやま ゆきくとみらむ きひとともしも

あさもよし紀人羨しも真土山行き来と見らむ紀人羨しも

 


五五、大寶元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀伊國時歌、或本歌
河上乃 列々椿 都良々々尓 雖見安可受 巨勢能春野者
かはかみの つらつらつばき つらつらに みれどもあかず こせのはるのは

川上のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は

 


五六、二年壬寅太上天皇幸于参河國時歌
引馬野尓 仁保布榛原 入乱 衣尓保波勢 多鼻能知師尓
ひくまのに にほふはりはら いりみだれ ころもにほはせ たびのしるしに

引間野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに
 



五七、二年壬寅太上天皇幸于参河國時歌、
何所尓可 船泊為良武 安礼乃埼 榜多味行之 棚無小舟
いづくにか ふなはてすらむ あれのさき こぎたみゆきし たななしをぶね

いづくにか船泊てすらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚無し小舟

 


五八、譽謝女王作歌
流經 妻吹風之 寒夜尓 吾勢能君者 獨香宿良武
ながらふる つまふくかぜの さむきよに わがせのきみは ひとりかぬらむ

流らふる妻吹く風の寒き夜に我が背の君はひとりか寝らむ

 


五九、長皇子御歌
暮相而 朝面無美 隠尓加 氣長妹之 廬利為里計武
よひにあひて あしたおもなみ なばりにか けながくいもが いほりせりけむ

宵に逢ひて朝面無み名張にか日長く妹が廬りせりけむ

 


六〇、舎人娘子従駕作歌
大夫之 得物矢手挿 立向 射流圓方波 見尓清潔之
ますらをの さつやたばさみ たちむかひ いるまとかたは みるにさやけし

大丈夫のさつ矢手挟み立ち向ひ射る圓方は見るにさやけし

 


六一、三野連[名闕]入唐時春日蔵首老作歌
在根良 對馬乃渡 々中尓 幣取向而 早還許年
ありねよし つしまのわたり わたなかに ぬさとりむけて はやかへりこね

在り嶺よし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね

 


六二、山上臣憶良在大唐時憶本郷作歌
去来子等 早日本邊 大伴乃 御津乃濱松 待戀奴良武
いざこども はやくやまとへ おほともの みつのはままつ まちこひぬらむ

いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ

 


六三、慶雲三年丙午幸于難波宮時 志貴皇子御作歌
葦邊行 鴨之羽我比尓 霜零而 寒暮夕 倭之所念
あしへゆく かものはがひに しもふりて さむきゆふへは やまとしおもほゆ

葦辺行く鴨の羽交ひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ


六四、慶雲三年丙午幸于難波宮時、長皇子御歌
霰打 安良礼松原 住吉乃 弟日娘与 見礼常不飽香聞
あられうつ あられまつばら すみのえの おとひをとめと みれどあかぬかも

霰打つ安良礼松原住吉の弟日娘女と見れど飽かぬかも

 

 


六五、太上天皇幸于難波宮時歌
大伴乃 高師能濱乃 松之根乎 枕宿杼 家之所偲由
おほともの たかしのはまの まつがねを まくらきぬれど いへししのはゆ

大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ

 


六六、太上天皇幸于難波宮時歌、
旅尓之而 物戀之伎尓 鶴之鳴毛 不所聞有世者 孤悲而死萬思
たびにして ものこほしきに たづがねも きこえずありせば こひてしなまし

旅にしてもの恋ほしきに鶴が音も聞こえずありせば恋ひて死なまし

 


六七、太上天皇幸于難波宮時歌、
大伴乃 美津能濱尓有 忘貝 家尓有妹乎 忘而念哉
おほともの みつのはまなる わすれがひ いへなるいもを わすれておもへや

大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや

 


六八、太上天皇幸于難波宮時歌、
草枕 客去君跡 知麻世婆 崖之埴布尓 仁寶播散麻思呼
くさまくら たびゆくきみと しらませば きしのはにふに にほはさましを

草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを

 


六九、太上天皇幸于吉野宮時高市連黒人作歌
倭尓者 鳴而歟来良武 呼兒鳥 象乃中山 呼曽越奈流
やまとには なきてかくらむ よぶこどり きさのなかやま よびぞこゆなる

大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びぞ越ゆなる

 


七〇、大行天皇幸于難波宮時歌
倭戀 寐之不所宿尓 情無 此渚崎未尓 多津鳴倍思哉
やまとこひ いのねらえぬに こころなく このすさきみに たづなくべしや

大和恋ひ寐の寝らえぬに心なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや

 


七一、大行天皇幸于難波宮時歌、
玉藻苅 奥敝波不榜 敷妙乃 枕之邊人 忘可祢津藻
たまもかる おきへはこがじ しきたへの まくらのあたり わすれかねつも

玉藻刈る沖へは漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも

 


七二、大行天皇幸于難波宮時歌、長皇子御歌
吾妹子乎 早見濱風 倭有 吾松椿 不吹有勿勤
わぎもこを はやみはまかぜ やまとなる あをまつつばき ふかざるなゆめ

我妹子を早見浜風大和なる我を松椿吹かざるなゆめ

 

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七三、大行天皇幸于吉野宮時歌
見吉野乃 山下風之 寒久尓 為當也今夜毛 我獨宿牟
みよしのの やまのあらしの さむけくに はたやこよひも わがひとりねむ

み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今夜も我が独り寝む

 


七四、大行天皇幸于吉野宮時歌、
宇治間山 朝風寒之 旅尓師手 衣應借 妹毛有勿久尓
うぢまやま あさかぜさむし たびにして ころもかすべき いももあらなくに

宇治間山朝風寒し旅にして衣貸すべき妹もあらなくに

 


七五、和銅元年戊申 天皇御製
大夫之 鞆乃音為奈利 物部乃 大臣 楯立良思母
ますらをの とものおとすなり もののふの おほまへつきみ たてたつらしも

ますらをの鞆の音すなり物部の大臣盾立つらしも

 


七六、和銅元年戊申 天皇御製、御名部皇女奉和御歌
吾大王 物莫御念 須賣神乃 嗣而賜流 吾莫勿久尓
わがおほきみ ものなおもほし すめかみの つぎてたまへる われなけなくに

吾が大君ものな思ほし皇神の継ぎて賜へる我なけなくに

 


七七、和銅三年庚戌春二月従藤原宮遷于寧樂宮時御輿停長屋原廻望古郷作歌 [一書云 太上天皇御製]
飛鳥 明日香能里乎 置而伊奈婆 君之當者 不所見香聞安良武 [一云 君之當乎 不見而香毛安良牟]
とぶとりの あすかのさとを おきていなば きみがあたりは みえずかもあらむ [きみがあたりを みずてかもあらむ]

飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ [一云 君があたりを見ずてかもあらむ]

 


七八、或本従藤原京遷于寧樂宮時歌
天皇乃 御命畏美 柔備尓之 家乎擇 隠國乃 泊瀬乃川尓 H浮而 吾行河乃 川隈之 八十阿不落 万段 顧為乍 玉桙乃 道行晩 青丹吉 楢乃京師乃 佐保川尓 伊去至而 我宿有 衣乃上従 朝月夜 清尓見者 栲乃穂尓 夜之霜落 磐床等 川之水凝 冷夜乎 息言無久 通乍 作家尓 千代二手 来座多公与 吾毛通武
おほきみの みことかしこみ にきびにし いへをおき こもりくの はつせのかはに ふねうけて わがゆくかはの かはくまの やそくまおちず よろづたび かへりみしつつ たまほこの みちゆきくらし あをによし ならのみやこの さほかはに いゆきいたりて わがねたる ころものうへゆ あさづくよ さやかにみれば たへのほに よるのしもふり いはとこと かはのみづこり さむきよを やすむことなく かよひつつ つくれるいへに ちよまでに きませおほきみよ われもかよはむ

大君の 命畏み 柔びにし 家を置き こもりくの 泊瀬の川に 舟浮けて 我が行く川の 川隈の 八十隈おちず 万たび かへり見しつつ 玉桙の 道行き暮らし あをによし 奈良の都の 佐保川に い行き至りて 我が寝たる 衣の上ゆ 朝月夜 さやかに見れば 栲の穂に 夜の霜降り 岩床と 川の水凝り 寒き夜を 息むことなく 通ひつつ 作れる家に 千代までに 来ませ大君よ 我れも通はむ

 

 



七九、或本従藤原京遷于寧樂宮時歌、反歌
青丹吉 寧樂乃家尓者 万代尓 吾母将通 忘跡念勿
あをによし ならのいへには よろづよに われもかよはむ わするとおもふな

あをによし奈良の家には万代に我れも通はむ忘ると思ふな

 


八〇、和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢齊宮時山邊御井作歌
山邊乃 御井乎見我弖利 神風乃 伊勢處女等 相見鶴鴨
やまのへの みゐをみがてり かむかぜの いせをとめども あひみつるかも

山辺の御井を見がてり神風の伊勢娘子どもあひ見つるかも

 


八一、和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢齊宮時山邊御井作歌、
浦佐夫流 情佐麻祢之 久堅乃 天之四具礼能 流相見者
うらさぶる こころさまねし ひさかたの あめのしぐれの ながらふみれば

うらさぶる心さまねしひさかたの天のしぐれの流らふ見れば

 


八二、和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢齊宮時山邊御井作歌、
海底 奥津白波 立田山 何時鹿越奈武 妹之當見武
わたのそこ おきつしらなみ たつたやま いつかこえなむ いもがあたりみむ

海の底沖つ白波龍田山いつか越えなむ妹があたり見む

 


八三、寧樂宮 長皇子與志貴皇子於佐紀宮倶宴歌
秋去者 今毛見如 妻戀尓 鹿将鳴山曽 高野原之宇倍
あきさらば いまもみるごと つまごひに かなかむやまぞ たかのはらのうへ

秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山ぞ高野原の上

 



萬葉集 巻第一 了

 


 

 


            巻第二   相 聞 

            
ふたまきにあたるまき  したしみうた

 

 

 

難波高津宮御宇天皇代

八五、  磐姫皇后思天皇御作歌四首
君之行 氣長成奴 山多都祢 迎加将行待尓可将待
きみがゆき けながくなりぬ やまたづね むかへかゆかむ まちにかまたむ

  難波の高津の宮に天(あめ)の下知ろしめしし天皇(すめらみこと)の代(みよ)
  皇后(おほきさき)の天皇を思(しぬ)ばしてよみませる御歌四首
君が行き日長くなりぬ山尋ね迎へか行かむ待ちにか待たむ
 
右ノ一首ノ歌ハ、山上憶良臣ガ類聚歌林ニ載セタリ。古事記ニ曰ク、輕太子、
  輕大郎女ニ奸(タハ)ケヌ。 故(カレ)其ノ太子、伊豫ノ湯ニ流サル。此ノ時衣通王、
  恋慕ニ堪ヘズシテ追ヒ徃ク時ノ歌ニ曰ク、

 


八六、 磐姫 皇后思天皇御作歌四首、
如此許 戀乍不有者 高山之 磐根四巻手 死奈麻死物呼
かくばかり こひつつあらずは たかやまの いはねしまきて しなましものを

かくばかり恋ひつつあらずは高山の磐根しまきて死なましものを

 

 


八七、 磐姫 皇后思天皇御作歌四首、
在管裳 君乎者将待 打靡 吾黒髪尓 霜乃置萬代日
ありつつも きみをばまたむ うちなびく わがくろかみに しものおくまでに

ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに

 

 


八八、磐姫 皇后思天皇御作歌四首、
秋田之 穂上尓霧相 朝霞 何時邊乃方二 我戀将息
あきのたの ほのへにきらふ あさかすみ いつへのかたに あがこひやまむ

秋の田の穂の上に霧らふ朝霞いづへの方に我が恋やまむ

 

 


八九、磐姫 皇后思天皇御作歌四首、或本歌曰
居明而 君乎者将待 奴婆珠能 吾黒髪尓 霜者零騰文
ゐあかして きみをばまたむ ぬばたまの わがくろかみに しもはふるとも

 或ル本(マキ)ノ歌ニ曰ク
居明かして君をば待たむぬばたまの我が黒髪に霜は降るとも

 右ノ一首ハ、古歌集ノ中ニ出デタリ

 

 


九〇、古事記曰 軽太子奸軽太郎女 故其太子流於伊豫湯也 此時衣通王 不堪戀慕而追徃時歌曰
君之行 氣長久成奴 山多豆乃 迎乎将徃 待尓者不待
きみがゆき けながくなりぬ やまたづの むかへをゆかむ まつにはまたじ

君が行き日長くなりぬ山たづの迎へを行かむ待つには待たじ
 此ニ山多豆ト云ヘルハ、今ノ造木(ミヤツコギ)也。右ノ一首ノ歌ハ、古事記ト類聚歌林ト、
 説ク所同ジカラズ。歌主モ亦異レリ。因(カ)レ日本紀ヲ検(カムガ)フルニ曰ク、難波高
 津宮ニ御宇(アメノシタシロシメ)シシ大鷦鷯(オホサザキ)天皇、廿二年春正月、天皇皇
 后ニ語リタマヒテ曰ク、八田皇女ヲ納(メシイ)レテ、妃ト為サム。時ニ皇后聴シタマハズ。
 爰ニ天皇歌(ミウタ)ヨミシテ、以テ皇后ニ乞ハシタマフ、云々。三十年秋九月乙卯朔乙丑、
 皇后、紀伊国ニ遊行(イデマ)シテ、熊野岬ニ到リ、其処ノ御綱葉ヲ取リテ還リタマフ。
 是ニ天皇、皇后ノ在サヌコトヲ伺ヒテ、八田皇女ヲ娶リテ、宮ノ中ニ納レタマフ。時ニ皇后、
 難波ノ濟(ワタリ)ニ到リ、天皇ノ八田皇女ヲ合(メ)シツト聞カシタマヒテ、大ニコレヲ恨ミタマフ、
 云々。亦曰ク、遠ツ飛鳥宮ニ御宇シシ雄朝嬬稚子宿禰天皇、二十三年春三月甲午朔庚子、
 木梨輕皇子ヲ太子ト為ス。容姿佳麗(カホキラキラシ)。見ル者自ラ感(メ)ヅ。同母妹(イロモ)
 輕太娘皇女モ亦艶妙ナリ、云々。遂ニ竊ニ通(タハ)ケヌ。乃チ悒懐少シ息(ヤ)ム。廿四年
 夏六月、御羮(オモノ)ノ汁凝(コ)リテ以テ氷ヲ作ス。天皇異(アヤ)シミタマフ。其ノ所由(ユヱ)
 ヲ卜(ウラ)シメタマフニ、卜者曰(マウ)サク、内ノ乱有ラム、盖シ親親相姦カ、云々。
 仍チ大娘皇女ヲ伊豫ニ移ストイヘルハ、今案ルニ、二代二時此歌ヲ見ズ。

 

 

 

近江大津宮御宇天皇代

九一、天皇賜鏡王 女御歌一首
妹之當 継而毛見武尓 山跡有 大嶋嶺尓 家居麻之乎  
いもがあたり つぎてもみむに やまとなる おほしまのねに いへをらましを 

 天皇の鏡女王(かがみのおほきみ)に賜へる御歌(おほみうた)一首(ひとつ

妹があたり継ぎても見むに大和なる大島の嶺に家居らましを

 

 

 


九二、鏡王女奉和御歌一首
秋山之 樹下隠 逝水乃 吾許曽益目 御念従者
あきやまの このしたがくり ゆくみづの われこそまさめ みおもひよりは

秋山の木の下隠り行く水の我れこそ益さめ御思ひよりは

 

 


九三、内大臣藤原卿娉鏡王女時鏡王女贈内大臣歌一首
玉匣 覆乎安美 開而行者 君名者雖有 吾名之惜裳
たまくしげ おほふをやすみ あけていなば きみがなはあれど わがなしをしも

玉櫛笥覆ふを安み明けていなば君が名はあれど吾が名し惜しも

 

 

 


九四、内大臣藤原卿報贈鏡王女歌一首
玉匣 将見圓山乃 狭名葛 佐不寐者遂尓 有勝麻之自 
たまくしげ みむろのやまの さなかづら さねずはつひに ありかつ
ましじ 

玉櫛笥みむろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ 

 

 

 


九五、内大臣藤原卿娶釆女安見兒時作歌一首
吾者毛也 安見兒得有 皆人乃 得難尓為云 安見兒衣多利
われはもや やすみこえたり みなひとの えかてにすとふ やすみこえたり

我れはもや安見児得たり皆人の得かてにすとふ安見児得たり

 

 

 

久米禅師娉石川郎女時歌五首

九六、
水薦苅 信濃乃真弓 吾引者 宇真人佐備而 不欲常将言可聞   禅師
みこもかる しなぬのまゆみ わがひかば うまひとさびて いなといはむかも

み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも  禅師

 

 

 



九七、
三薦苅 信濃乃真弓 不引為而 強佐留行事乎 知跡言莫君二  郎女
みこもかる しなぬのまゆみ ひかずして しひさるわざを しるといはなくに

み薦刈る信濃の真弓引かずして強ひさるわざを知ると言はなくに  郎女

 

 

 


九八、
梓弓 引者随意 依目友 後心乎 知勝奴鴨   郎女
あづさゆみ ひかばまにまに よらめども のちのこころを しりかてぬかも

梓弓引かばまにまに寄らめども後の心を知りかてぬかも  郎女

 

 

 


九九、
梓弓 都良絃取波氣 引人者 後心乎 知人曽引  禅師
あづさゆみ つらをとりはけ ひくひとは のちのこころを しるひとぞひく

梓弓弦緒取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く  禅師

 

 

 


一〇〇、
東人之 荷向篋乃 荷之緒尓毛 妹情尓 乗尓家留香問  禅師
あづまひとの のさきのはこの にのをにも いもはこころに のりにけるかも

東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも  禅師

 

 

 


一〇一、大伴宿祢娉巨勢郎女時歌一首 
玉葛 實不成樹尓波 千磐破 神曽著常云 不成樹別尓
たまかづら みならぬきには ちはやぶる かみぞつくといふ ならぬきごとに

 大伴宿禰(おほとものすくね)の巨勢郎女(こせのいらつめ)を娉ふ時の歌一首
玉葛実ならぬ木にはちはやぶる神ぞつくといふならぬ木ごとに

 

 

 


一〇二、巨勢郎女報贈歌一首 [即近江朝大納言巨勢人卿之女也]
玉葛 花耳開而 不成有者 誰戀尓有目 吾孤悲念乎
たまかづら はなのみさきて ならずあるは たがこひにあらめ あはこひもふを

玉葛花のみ咲きてならずあるは誰が恋にあらめ我れ恋ひ思ふを

 

 

 

明日香清御原宮御宇天皇代

一〇三、天皇賜藤原夫人御歌一首
吾里尓 大雪落有 大原乃 古尓之郷尓 落巻者後
わがさとに おほゆきふれり おほはらの ふりにしさとに ふらまくはのち

 明日香の清御原(きよみはら)の宮に天の下知ろしめしし天皇の代
 天皇の藤原夫人(ふじはらのきさき)に賜へる御歌(おほみうた)一首

我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後

 

 

 


一〇四、藤原夫人奉和歌一首
吾岡之 於可美尓言而 令落 雪之摧之 彼所尓塵家武
わがをかの おかみにいひて ふらしめし ゆきのくだけし そこにちりけむ

我が岡のおかみに言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ

 

 

 

藤原宮御宇天皇代 


一〇五、大津皇子竊下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌二首
吾勢I乎 倭邊遺登 佐夜深而 鷄鳴露尓 吾立所霑之
わがせこを やまとへやると さよふけて あかときつゆに われたちぬれし

 藤原の宮に天の下知ろしめしし天皇の代
 大津皇子の、伊勢の神宮(かみのみや)に竊(しぬ)ひ下(くだ)りて
 上来(のぼ)ります時に、大伯皇女(おほくのひめみこ)のよみませる
 御歌二首(ふたつ)
我が背子を大和へ遣るとさ夜更けて暁露に我れ立ち濡れし

 

 

 


一〇六、大津皇子竊下於伊勢神宮上来時大伯皇女御作歌二首、
二人行杼 去過難寸 秋山乎 如何君之 獨越武
ふたりゆけど ゆきすぎかたき あきやまを いかにかきみが ひとりこゆらむ

ふたり行けど行き過ぎかたき秋山をいかにか君がひとり越ゆらむ

 

 

 


一〇七、大津皇子贈石川郎女御歌一首
足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沾 山之四附二
あしひきの やまのしづくに いもまつと われたちぬれぬ やまのしづくに

あしひきの山のしづくに妹待つと我れ立ち濡れぬ山のしづくに

 

 

 


一〇八、石川郎女奉和歌一首
吾乎待跡 君之沾計武 足日木能 山之四附二 成益物乎
あをまつと きみがぬれけむ あしひきの やまのしづくに ならましものを

我を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを

 

 

 


一〇九、大津皇子竊婚石川女郎時津守連通占露其事皇子御作歌一首 
大船之 津守之占尓 将告登波 益為尓知而 我二人宿之
おほぶねの つもりがうらに のらむとは まさしにしりて わがふたりねし

 大津皇子、石川女郎(いしかはのいらつめ)に竊(しぬ)ひ婚(あ)ひ
 たまへる時、津守連通(つもりのむらじとほる)が其の事を
 占(うら)ひ露はせれば、皇子のよみませる御歌一首
大船の津守が占に告らむとはまさしに知りて我がふたり寝し

 

 

 


一一〇、日並皇子尊贈賜石川女郎御歌一首  女郎字曰大名兒也
大名兒 彼方野邊尓 苅草乃 束之間毛 吾忘目八
おほなこを をちかたのへに かるかやの つかのあひだも われわすれめや

 日並皇子(ひなみのみこ)の尊(みこと)の石川女郎に贈り賜へる御歌一首
 女郎、字(アザナ)ヲ大名児ト曰フ
大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめや

 

 

 


一一一、幸于吉野宮時弓削皇子贈与額田王歌一首
古尓 戀流鳥鴨 弓絃葉乃 三井能上従 鳴濟遊久
いにしへに こふるとりかも ゆづるはの みゐのうへより なきわたりゆく

 吉野(よしぬ)の宮に幸(いでま)せる時、
 弓削皇子(ゆげのみこ)の額田王に贈りたまへる御歌一首
いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く

 

 

 


一一二、額田王奉和歌一首 
古尓 戀良武鳥者 霍公鳥 盖哉鳴之 吾念流碁騰
いにしへに こふらむとりは ほととぎす けだしやなきし あがもへるごと

 額田王の和(こた)へ奉れる歌一首
いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと

 

 

 


一一三、従吉野折取蘿生松柯遣時額田王奉入歌一首
三吉野乃 玉松之枝者 波思吉香聞 君之御言乎 持而加欲波久
みよしのの たままつがえは はしきかも きみがみことを もちてかよはく

 吉野より蘿(こけ)生(む)せる松が枝(え)を折取(を)りて遣(おく)りたまへる時、
 額田王の奉入(たてまつ)れる歌一首
み吉野の玉松が枝ははしきかも君が御言を持ちて通はく

 

 

 


一一四、但馬皇女在高市皇子宮時思穂積皇子御作歌一首
秋田之 穂向乃所縁 異所縁 君尓因奈名 事痛有登母
あきのたの ほむきのよれる かたよりに きみによりなな こちたくありとも

 たぢまのひめみこ)の、高市皇子の宮に在(いま)せる時、
 穂積皇子を思(しぬ)ひてよみませる御歌一首
秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛くありとも

 

 

 


一一五、勅穂積皇子遣近江志賀山寺時但馬皇女御作歌一首
遺居而 戀管不有者 追及武 道之阿廻尓 標結吾勢
おくれゐて こひつつあらずは おひしかむ みちのくまみに しめゆへわがせ

 穂積皇子に勅(のりこ)ちて、近江の志賀の山寺に遣はさるる時、
 但馬皇女のよみませる御歌一首
後れ居て恋ひつつあらずは追ひ及かむ道の隈廻に標結へ我が背

 

 

 


一一六、但馬皇女在高市皇子宮時竊接穂積皇子事既形而御作歌一首
人事乎 繁美許知痛美 己世尓 未渡 朝川渡
ひとごとを しげみこちたみ おのがよに いまだわたらぬ あさかはわたる

 但馬皇女の、高市皇子の宮に在せる時、穂積皇子に竊(しぬ)び接(あ)ひ
 たまひし事既形(あらは)れて後によみませる御歌一首
人言を繁み言痛みおのが世にいまだ渡らぬ朝川渡る

 

 

 


一一七、舎人皇子御歌一首
大夫哉 片戀将為跡 嘆友 鬼乃益卜雄 尚戀二家里
ますらをや かたこひせむと なげけども しこのますらを なほこひにけり

 舎人皇子(とねりのみこ)の舎人娘子(とねりのいらつめ)に賜へる御歌一首
ますらをや片恋せむと嘆けども醜のますらをなほ恋ひにけり

 

 

 


一一八、舎人娘子奉和歌一首
嘆管 大夫之 戀礼許曽 吾髪結乃 漬而奴礼計礼
なげきつつ ますらをのこの こふれこそ わがかみゆひの ひちてぬれけれ

  舎人娘子が和へ奉れる歌一首
嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が髪結ひの漬ちてぬれけれ

 

 

 


一一九、弓削皇子思紀皇女御歌四首
芳野河 逝瀬之早見 須臾毛 不通事無 有巨勢濃香問
よしのかは ゆくせのはやみ しましくも よどむことなく ありこせぬかも

 弓削皇子(ゆげのみこ)の紀皇女(きのひめみこ)を思(しぬ)ひてよみませる御歌四首(よつ)
吉野川行く瀬の早みしましくも淀むことなくありこせぬかも

 

 

 


一二〇、弓削皇子思紀皇女御歌四首、
吾妹兒尓 戀乍不有者 秋芽之 咲而散去流 花尓有猿尾
わぎもこに こひつつあらずは あきはぎの さきてちりぬる はなにあらましを

我妹子に恋ひつつあらずは秋萩の咲きて散りぬる花にあらましを

 

 

 


一二一、弓削皇子思紀皇女御歌四首、
暮去者 塩満来奈武 住吉乃 淺鹿乃浦尓 玉藻苅手名
ゆふさらば しほみちきなむ すみのえの あさかのうらに たまもかりてな

夕さらば潮満ち来なむ住吉の浅香の浦に玉藻刈りてな

 

 

 


一二二、弓削皇子思紀皇女御歌四首、
大船之 泊流登麻里能 絶多日二 物念痩奴 人能兒故尓
おほぶねの はつるとまりの たゆたひに ものもひやせぬ ひとのこゆゑに

 三方沙弥(みかたのさみ)が、園臣生羽(そののおみいくは)の女(め)に娶(あ)ひて、
 幾だもあらねば、臥病(やみふ)せるときの作歌(うた)三首

大船の泊つる泊りのたゆたひに物思ひ痩せぬ人の子故に

 

 

 


一二三、三方沙弥娶園臣生羽之女未經幾時臥病作歌三首
多氣婆奴礼 多香根者長寸 妹之髪 此来不見尓 掻入津良武香  三方沙弥
たけばぬれ たかねばながき いもがかみ このころみぬに かかげつらむか

三方沙弥(みかたのさみ)が、園臣生羽(そののおみいくは)の女(め)に娶(あ)ひて、幾だもあらねば、臥病(やみふ)せるときの作歌(うた)三首
束けば滑れ束かねば長き妹が髪このころ見ぬに掻上げつらむか   三方沙弥

 

 

 


一二四、三方沙弥娶園臣生羽之女未經幾時臥病作歌三首、
人皆者 今波長跡 多計登雖言 君之見師髪 乱有等母  娘子
ひとみなは いまはながしと たけといへど きみがみしかみ みだれたりとも

人皆は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも 娘子

 

 

 



一二五、三方沙弥娶園臣生羽之女未經幾時臥病作歌三首、
橘之 蔭履路乃 八衢尓 物乎曽念 妹尓不相而  三方沙弥
たちばなの かげふむみちの やちまたに ものをぞおもふ いもにあずして

橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして  三方沙弥

 

 


一二六、石川女郎贈大伴宿祢田主歌一首 [即佐保大納言大伴卿之第二子 母曰巨勢朝臣也]
遊士跡 吾者聞流乎 屋戸不借 吾乎還利 於曽能風流士
みやびをと われはきけるを やどかさず われをかへせり おそのみやびを

 石川女郎が、大伴宿禰田主(おほとものすくねたぬし)に贈れる歌一首
風流士と我れは聞けるをやど貸さず我れを帰せりおその風流士
 大伴田主ハ、字仲郎(ナカチコ)ト曰リ。容姿佳艶、風流秀絶。見ル人聞ク者、歎息(ナゲ)カズト
 イフコト靡(ナ)シ。時ニ石川女郎(イラツメ)トイフモノアリ。自ラ雙栖ノ感ヒヲ成シ、恒ニ独守ノ難キヲ
 悲シム。意(ココロ)ハ書寄セムト欲ヘドモ、未ダ良キ信(タヨリ)ニ逢ハズ。爰ニ方便ヲ作シテ、賎シ
 キ嫗ニ似セ、己レ堝子(ナベ)ヲ提ゲテ、寝(ネヤ)ノ側ニ到ル。哽音跼足、戸ヲ叩キ諮(トブラ)ヒテ曰ク、
 東ノ隣ノ貧シキ女(メ)、火ヲ取ラムト来タルト。是ニ仲郎、暗キ裏(ウチ)ニ冒隠ノ形ヲ識ラズ、
 慮外ニ拘接(マジハリ)ノ計ニ堪ヘズ。念ヒニ任セテ火ヲ取リ、跡ニ就キテ帰リ去ヌ。明ケテ後、
 女郎既ニ自ラ媒チセシコトノ愧ヅベキヲ恥ヂ、復タ心契(チギリ)ノ果タサザルヲ恨ム。
 因テ斯ノ歌ヲ作ミ、以テ贈リテ諺戯(タハブ)レリ。

 

 

 


一二七、大伴宿祢田主報贈歌一首
遊士尓 吾者有家里 屋戸不借 令還吾曽 風流士者有
みやびをに われはありけり やどかさず かへししわれぞ みやびをにはある

 大伴宿禰田主が報贈(こた)ふる歌一首
風流士に我れはありけりやど貸さず帰しし我れぞ風流士にはある

 

 


一二八、同石川女郎更贈大伴田主中郎歌一首
吾聞之 耳尓好似 葦若末乃 足痛吾勢 勤多扶倍思
わがききし みみによくにる あしのうれの あしひくわがせ つとめたぶべし

我が聞きし耳によく似る葦の末の足ひく我が背つとめ給ぶべし

 

 


一二九、大津皇子宮侍石川女郎贈大伴宿祢宿奈麻呂歌一首 
古之 嫗尓為而也 如此許 戀尓将沈 如手童兒 
ふりにし おみなにしてや かくばかり こひにしづまむ たわらはのごと 

 大津皇子の宮の侍(まかたち)石川女郎が大伴宿禰宿奈麻呂(すくなまろ)に贈れる歌一首
古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむ手童のごと 

 

 

 


一三〇、長皇子与皇弟御歌一首
丹生乃河 瀬者不渡而 由久遊久登 戀痛吾弟 乞通来祢
にふのかは せはわたらずて ゆくゆくと こひたしわがせ いでかよひこね

丹生の川瀬は渡らずてゆくゆくと恋痛し我が背いで通ひ来ね

 



一三一、柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首并短歌
石見乃海 角乃浦廻乎 浦無等 人社見良目 滷無等 人社見良目 能咲八師 浦者無友 縦畫屋師 滷者無鞆 鯨魚取 海邊乎指而 和多豆乃 荒礒乃上尓 香青生 玉藻息津藻 朝羽振 風社依米 夕羽振流 浪社来縁 浪之共 彼縁此依 玉藻成 依宿之妹乎 露霜乃 置而之来者 此道乃 八十隈毎 萬段 顧為騰 弥遠尓 里者放奴 益高尓 山毛越来奴 夏草之 念思奈要而 志怒布良武 妹之門将見 靡此山
いはみのうみ つののうらみを うらなしと ひとこそみらめ かたなしと ひとこそみらめ よしゑやし うらはなくとも よしゑやし かたはなくとも いさなとり うみへをさして にきたづの ありそのうへに かあをなる たまもおきつも あさはふる かぜこそよせめ ゆふはふる なみこそきよれ なみのむた かよりかくより たまもなす よりねしいもを つゆしもの おきてしくれば このみちの やそくまごとに よろづたび かへりみすれど いやとほに さとはさかりぬ いやたかに やまもこえきぬ なつくさの おもひしなえて しのふらむ いもがかどみむ なびけこのやま


 柿本朝臣人麿が石見国(いはみのくに)より妻(め)に別れ上来(まゐのぼ)る時の歌二首、また短歌(みじかうた
石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟は なくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 朝羽振る 風こそ寄せめ 夕羽振る 波こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里は離りぬ いや高に 山も越え来ぬ 夏草の 思ひ萎へて 偲ふらむ 妹が門見む 靡けこの山

 

 

 



一三二、柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首并短歌、反歌二首
石見乃也 高角山之 木際従 我振袖乎 妹見都良武香
いはみのや たかつのやまの このまより わがふるそでを いもみつらむか


石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか

 

 


一三三、柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首并短歌、反歌二首、
小竹之葉者 三山毛清尓 乱友 吾者妹思 別来礼婆
ささのはは みやまもさやに さやげども われはいもおもふ わかれきぬれば

笹の葉はみ山もさやにさやげども我れは妹思ふ別れ来ぬれば

 

 

 


一三四、柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首并短歌、或本反歌曰
石見尓有 高角山乃 木間従文 吾袂振乎 妹見監鴨
いはみなる たかつのやまの このまゆも わがそでふるを いもみけむかも

石見なる高角山の木の間ゆも我が袖振るを妹見けむかも

 

 

 


一三五、柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌]、
角障經 石見之海乃 言佐敝久 辛乃埼有 伊久里尓曽 深海松生流 荒礒尓曽 玉藻者生流 玉藻成 靡寐之兒乎 深海松乃 深目手思騰 左宿夜者 幾毛不有 延都多乃 別之来者 肝向 心乎痛 念乍 顧為騰 大舟之 渡乃山之 黄葉乃 散之乱尓 妹袖 清尓毛不見 嬬隠有 屋上乃 山乃 自雲間 渡相月乃 雖惜 隠比来者 天傳 入日刺奴礼 大夫跡 念有吾毛 敷妙乃 衣袖者 通而沾奴
つのさはふ いはみのうみの ことさへく からのさきなる いくりにぞ ふかみるおふる ありそにぞ たまもはおふる たまもなす なびきねしこを ふかみるの ふかめておもへど さねしよは いくだもあらず はふつたの わかれしくれば きもむかふ こころをいたみ おもひつつ かへりみすれど おほぶねの わたりのやまの もみちばの ちりのまがひに いもがそで さやにもみえず つまごもる やかみの やまの くもまより わたらふつきの をしけども かくらひくれば あまづたふ いりひさしぬれ ますらをと おもへるわれも しきたへの ころものそでは とほりてぬれぬ

つのさはふ 石見の海の 言さへく 唐の崎なる 海石にぞ 深海松生ふる 荒礒にぞ 玉藻は生ふる 玉藻なす 靡き寝し子を 深海松の 深めて思へど さ寝し夜は 幾だもあらず 延ふ蔦の 別れし来れば 肝向ふ 心を痛み 思ひつつ かへり見すれど 大船の 渡の山の 黄葉の 散りの乱ひに 妹が袖 さやにも見えず 妻ごもる 屋上の山の 雲間より 渡らふ月の 惜しけども 隠らひ来れば 天伝ふ 入日さしぬれ 大夫と 思へる我れも 敷栲の 衣の袖は 通りて濡れぬ

 

 

 


一三六、柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首并短歌、反歌二首
青駒之 足掻乎速 雲居曽 妹之當乎 過而来計類 
あをこまが あがきをはやみ くもゐにぞ いもがあたりを すぎてきにける 

 反し歌二首

青駒が足掻きを速み雲居にぞ妹があたりを過ぎて来にける

 

 

 


一三七、柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首[并短歌]、反歌二首、
秋山尓 落黄葉 須臾者 知里勿乱曽 妹之當将見 
あきやまに おつるもみちば しましくは ちりなまがひそ いもがあたりみむ 

秋山に落つる黄葉しましくはな散りな乱ひそ妹があたり見む 

 

 


一三八、柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首 并短歌、或本歌一首 并短歌
石見之海 津乃浦乎無美 浦無跡 人社見良米 滷無跡 人社見良目 吉咲八師 浦者雖無 縦恵夜思 潟者雖無 勇魚取 海邊乎指而 柔田津乃 荒礒之上尓 蚊青生 玉藻息都藻 明来者 浪己曽来依 夕去者 風己曽来依 浪之共 彼依此依 玉藻成 靡吾宿之 敷妙之 妹之手本乎 露霜乃 置而之来者 此道之 八十隈毎 萬段 顧雖為 弥遠尓 里放来奴 益高尓 山毛超来奴 早敷屋師 吾嬬乃兒我 夏草乃 思志萎而 将嘆 角里将見 靡此山
いはみのうみ つのうらをなみ うらなしと ひとこそみらめ かたなしと ひとこそみらめ よしゑやし うらはなくとも よしゑやし かたはなくとも いさなとり うみべをさして にきたつの ありそのうへに かあをなる たまもおきつも あけくれば なみこそきよれ ゆふされば かぜこそきよれ なみのむた かよりかくより たまもなす なびきわがねし しきたへの いもがたもとを つゆしもの おきて しくれば このみちの やそくまごとに よろづたび かへりみすれど いやとほに さとさかりきぬ いやたかに やまもこえきぬ はしきやし わがつまのこが なつくさの おもひしなえて なげくらむ つののさとみむ なびけこのやま

石見の海 津の浦をなみ 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 潟はなくとも 鯨魚取り 海辺を指して 柔田津の 荒礒の上に か青なる 玉藻沖つ藻 明け来れば 波こそ来寄れ 夕されば 風こそ来寄れ 波のむた か寄りかく寄り 玉藻なす 靡き我が寝し 敷栲の 妹が手本を 露霜の 
置きてし来れば この道の 八十隈ごとに 万たび かへり見すれど いや遠に 里離り来ぬ いや高に 山も越え来ぬ はしきやし 我が妻の子が 夏草の 思ひ萎えて 嘆くらむ 角の里見む 靡けこの山 

 

 


一三九、柿本朝臣人麻呂従石見國別妻上来時歌二首 并短歌、或本歌一首 并短歌、反歌一首
石見之海 打歌山乃 木際従 吾振袖乎 妹将見香
いはみのうみ うつたのやまの このまより わがふるそでを いもみつらむか

 反し歌
石見の海打歌の山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか

 

 

 


一四〇、柿本朝臣人麻呂妻依羅娘子与人麻呂相別歌一首
勿念跡 君者雖言 相時 何時跡知而加 吾不戀有牟
なおもひと きみはいへども あはむとき いつとしりてか あがこひずあらむ

な思ひと君は言へども逢はむ時いつと知りてか我が恋ひずあらむ

 


 

 


 
挽 歌
 
かなしみうた

 

 

後岡本宮御宇天皇代

一四一、有間皇子自傷結松枝歌二首
磐白乃 濱松之枝乎 引結 真幸有者 亦還見武
いはしろの はままつがえを ひきむすび まさきくあらば またかへりみむ

 後の崗本の宮に天の下知ろしめしし天皇(すめらみこと)の代(みよ)
 有間皇子の自傷(かなし)みまして松が枝を結びたまへる御歌二首
磐白の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む

 


一四二、
家有者 笥尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉尓盛
いへにあれば けにもるいひを くさまくら たびにしあれば しひのはにもる

家にあれば笥に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る

 

 

 

 


一四三、長忌寸意吉麻呂見結松哀咽歌二首
磐代乃 崖之松枝 将結 人者反而 復将見鴨
いはしろの きしのまつがえ むすびけむ ひとはかへりて またみけむかも

 長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)が、結び松を見て哀咽(かなし)みよめる歌二首
磐代の岸の松が枝結びけむ人は帰りてまた見けむかも
 柿本朝臣人麿ノ歌集ニ云ク、大宝元年辛丑、紀伊国ニ幸セル時、結ビ松ヲ見テ作レル歌一首

 

 

 


一四四、長忌寸意吉麻呂見結松哀咽歌二首、
磐代之 野中尓立有 結松 情毛不解 古所念
いはしろの のなかにたてる むすびまつ こころもとけず いにしへおもほゆ


磐代の野中に立てる結び松心も解けずいにしへ思ほゆ

 

 



一四五、山上臣憶良追和歌一首
鳥翔成 有我欲比管 見良目杼母 人社不知 松者知良武
つばさなす ありがよひつつ みらめども ひとこそしらね まつはしるらむ

 山上臣憶良が追ひて和(なぞら)ふる歌一首
鳥翔(つばさ)成す有りがよひつつ見らめども人こそ知らね松は知るらむ

 

 

 


一四六、大寶元年辛丑幸于紀伊國時見結松歌一首 
後将見跡 君之結有 磐代乃 子松之宇礼乎 又将見香聞
のちみむと きみがむすべる いはしろの こまつがうれを またもみむかも

後見むと君が結べる磐代の小松がうれをまたも見むかも

 

 

近江大津宮御宇天皇代
 近江の大津の宮に天の下知ろしめしし天皇の代


一四七、 天皇聖躬不豫之時太后奉御歌一首
天原 振放見者 大王乃 御壽者長久 天足有
あまのはら ふりさけみれば おほきみの みいのちはながく あまたらしたり

 天皇の聖躬不豫(おほみやまひ)せす時、大后(おほきさき)の奉れる御歌一首
天の原振り放け見れば大君の御寿は長く天足らしたり
 一書ニ曰ク、近江天皇ノ聖体不豫ニシテ、御病急(ニハカ)ナル時、大后ノ奉献レル御歌一首ナリト。

 

 


一四八、一書曰近江天皇聖躰不豫御病急時太后奉獻御歌一首
青旗乃 木旗能上乎 賀欲布跡羽 目尓者雖視 直尓不相香裳
あをはたの こはたのうへを かよふとは めにはみれども ただにあはぬかも

青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも

 

 

 


一四九、天皇崩後之時倭太后御作歌一首
人者縦 念息登母 玉蘰 影尓所見乍 不所忘鴨
ひとはよし おもひやむとも たまかづら かげにみえつつ わすらえぬかも

人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも

 

 

 


一五〇、天皇崩時婦人作歌一首 
空蝉師 神尓不勝者 離居而 朝嘆君 放居而 吾戀君 玉有者 手尓巻持而 衣有者 脱時毛無 吾戀 君曽伎賊乃夜 夢所見鶴
うつせみし かみにあへねば はなれゐて あさなげくきみ さかりゐて あがこふるきみ たまならば てにまきもちて きぬならば ぬくときもなく あがこふる きみぞきぞのよ いめにみえつる 

 天皇の崩(かむあがりま)せる時、婦人(をみな)がよめる歌一首
うつせみし 神に堪へねば 離れ居て 朝嘆く君 放り居て 我が恋ふる君 玉ならば 手に巻き持ちて 衣ならば 脱く時もなく 我が恋ふる 君ぞ昨夜の夜 夢に見えつる 
    

 

 

 


一五一、天皇大殯之時歌二首
如是有乃 懐知勢婆 大御船 泊之登萬里人 標結麻思乎 額田王
かからむと かねてしりせば おほみふね はてしとまりに しめゆはましを

 天皇の大殯(おほあらき)の時の歌四首
かからむとかねて知りせば大御船泊てし泊りに標結はましを 額田王

 

 

 


一五二、天皇大殯之時歌二首、
八隅知之 吾期大王乃 大御船 待可将戀 四賀乃辛埼 舎人吉年
やすみしし わごおほきみの おほみふね まちかこふらむ しがのからさき

やすみしし我ご大君の大御船待ちか恋ふらむ志賀の唐崎  舎人吉年

 

 

 


一五三、太后御歌一首
鯨魚取 淡海乃海乎 奥放而 榜来船 邊附而 榜来船 奥津加伊 痛勿波祢曽 邊津加伊 痛莫波祢曽 若草乃 嬬之 念鳥立
いさなとり あふみのうみを おきさけて こぎきたるふね へつきて こぎくるふね おきつかい いたくなはねそ へつかい いたくなはねそ わかくさの つまの おもふとりたつ

鯨魚取り 近江の海を 沖放けて 漕ぎ来る船 辺付きて 漕ぎ来る船 沖つ櫂 いたくな撥ねそ 辺つ櫂 いたくな撥ねそ 若草の 夫の 思ふ鳥立つ 

 

 

 


一五四、石川夫人歌一首
神樂浪乃 大山守者 為誰可 山尓標結 君毛不有國
ささなみの おほやまもりは たがためか やまにしめゆふ きみもあらなくに

楽浪の大山守は誰がためか山に標結ふ君もあらなくに

 

 

 


一五五、従山科御陵退散之時額田王作歌一首
八隅知之 和期大王之 恐也 御陵奉仕流 山科乃 鏡山尓 夜者毛 夜之盡 晝者母 日之盡 哭耳呼 泣乍在而哉 百礒城乃 大宮人者 去別南
やすみしし わごおほきみの かしこきや みはかつかふる やましなの かがみのやまに よるはも よのことごと ひるはも ひのことごと ねのみを なきつつありてや ももしきの おほみやひとは ゆきわかれなむ

やすみしし 我ご大君の 畏きや 御陵仕ふる 山科の 鏡の山に 夜はも 夜のことごと 昼はも 日のことごと 哭のみを 泣きつつありてや ももしきの 大宮人は 行き別れなむ 

 

 

明日香清御原宮御宇天皇代 


一五六、十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首
三諸之 神之神須疑 已具耳矣自得見監乍共 不寝夜叙多
みもろの かみのかむすぎ かくのみにありとし みつついねぬおほき  

 十市皇女の薨(すぎま)せる時、高市皇子尊のよみませる御歌三首
みもろの神の神杉(かむすぎ)かくのみにありとし見つつ寝ねぬ夜ぞ多き

 

 

 


一五七、十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首、
神山之 山邊真蘇木綿 短木綿 如此耳故尓 長等思伎
みわやまの やまへまそゆふ みじかゆふ かくのみからに ながくとおもひき

三輪山の山辺真麻木綿短か木綿かくのみからに長くと思ひき

 

 

 


一五八、十市皇女薨時高市皇子尊御作歌三首、
山振之 立儀足 山清水 酌尓雖行 道之白鳴
やまぶきの たちよそひたる やましみづ くみにゆかめど みちのしらなく

山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく

 

 

 


一五九、天皇崩之時大后御作歌一首
八隅知之 我大王之 暮去者 召賜良之 明来者 問賜良志 神岳乃 山之黄葉乎 今日毛鴨 問給麻思 明日毛鴨 召賜萬旨 其山乎 振放見乍 暮去者 綾哀 明来者 裏佐備晩 荒妙乃 衣之袖者 乾時文無
やすみしし わがおほきみの ゆふされば めしたまふらし あけくれば とひたまふらし かむおかの やまのもみちを けふもかも とひたまはまし あすもかも めしたまはまし そのやまを ふりさけみつつ ゆふされば あやにかなしみ あけくれば うらさびくらし あらたへの ころものそでは ふるときもなし

 天皇の崩(かむあがりま)せる時、大后のよみませる御歌一首
やすみしし 我が大君の 夕されば 見したまふらし 明け来れば 問ひたまふらし 神岳の 山の黄葉を 今日もかも 問ひたまはまし 明日もかも 見したまはまし その山を 振り放け見つつ 夕されば あやに悲しみ 明け来れば うらさび暮らし 荒栲の 衣の袖は 干る時もなし

 

 

 


一六〇、一書曰天皇崩之時太上天皇御製歌二首
燃火物 取而L而 福路庭 入澄不言八面 智男雲
もゆるひも とりてつつみて ふくろには いるといはずやも 智男雲

燃ゆる火も取りて包みて袋には入ると言はずやも智男雲

 

 

 


一六一、一書曰天皇崩之時太上天皇御製歌二首、
向南山 陳雲之 青雲之 星離去 月矣離而
きたやまに たなびくくもの あをくもの ほしさかりゆき つきをはなれて

北山にたなびく雲の青雲の星離り行き月を離れて

 

 

 


一六二、天皇崩之後八年九月九日奉為御齊會之夜夢裏習賜御歌一首 
明日香能 清御原乃宮尓 天下 所知食之 八隅知之 吾大王 高照 日之皇子 何方尓 所念食可 神風乃 伊勢能國者 奥津藻毛 靡足波尓 塩氣能味 香乎礼流國尓 味凝 文尓乏寸 高照 日之御子
あすかの きよみのみやに あめのした しらしめしし やすみしし わがおほきみ たかてらす ひのみこ いかさまに おもほしめせか かむかぜの いせのくには おきつもも なみたるなみに しほけのみ かをれるくにに うまこり あやにともしき たかてらす ひのみこ

 天皇ノ崩シシ後、八年九月九日御斎会(ヲガミ)奉為(ツカヘマツ)レル夜、夢裏(イメ)ニ習(ヨ)ミ賜ヘル御歌一首
明日香の 清御原の宮に 天の下 知らしめしし やすみしし 我が大君 高照らす 日の御子 いかさまに 思ほしめせか 神風の 伊勢の国は 沖つ藻も 靡みたる波に 潮気のみ 香れる国に 味凝り あやにともしき 高照らす 日の御子

 

藤原宮御宇天皇代 


一六三、大津皇子薨之後大来皇女従伊勢齊宮上京之時御作歌二首
神風乃 伊勢能國尓母 有益乎 奈何可来計武 君毛不有尓
かむかぜの いせのくににも あらましを なにしかきけむ きみもあらなくに

 大津皇子の薨(すぎま)しし後、大来皇女(おほくのひめみこ)
 の 伊勢の斎宮(いつきのみや)より上京(のぼ)りたまへる時、
 よみませる御歌二首
神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに

 

 

 


一六四、大津皇子薨之後大来皇女従伊勢齋宮上京之時御作歌二首、
欲見 吾為君毛 不有尓 奈何可来計武 馬疲尓
みまくほり わがするきみも あらなくに なにしかきけむ うまつかるるに

見まく欲り我がする君もあらなくに何しか来けむ馬疲るるに

 

 

 


一六五、移葬大津皇子屍於葛城二上山之時大来皇女哀傷御作歌二首
宇都曽見乃 人尓有吾哉 従明日者 二上山乎 弟世登吾将見
うつそみの ひとにあるわれや あすよりは ふたかみやまを いろせとわがみむ

うつそみの人にある我れや明日よりは二上山を弟背と我が見む

 

 

 


一六六、移葬大津皇子屍於葛城二上山之時大来皇女哀傷御作歌二首、
礒之於尓 生流馬酔木乎 手折目杼 令視倍吉君之 在常不言尓
いそのうへに おふるあしびを たをらめど みすべききみが ありといはなくに

の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君が在りと言はなくに

 

 

 


一六七、日並皇子尊殯宮之時柿本朝臣人麻呂作歌一首 并短歌
天地之 初時 久堅之 天河原尓 八百萬 千萬神之 神集 々座而 神分 々之時尓 天照 日女之命 天乎婆 所知食登 葦原乃 水穂之國乎 天地之 依相之極 所知行 神之命等 天雲之 八重掻別而  神下 座奉之 高照 日之皇子波 飛鳥之 浄之宮尓 神随 太布座而 天皇之 敷座國等 天原 石門乎開 神上 々座奴 吾王 皇子之命乃 天下 所知食世者 春花之 貴在等 望月乃 満波之計武跡 天下 四方之人乃 大船之 思憑而 天水 仰而待尓 何方尓 御念食可 由縁母無 真弓乃岡尓 宮柱 太布座 御在香乎 高知座而 明言尓 御言不御問 日月之 數多成塗 其故 皇子之宮人 行方不知毛
あめつちの はじめのとき ひさかたの あまのかはらに や